sweetly, like a chocolatic Moon



 住宅街の真ん中にあるこのコンビニは夜になればしんと静かになる。品出しも終わり、此方と先輩はほけっと壁の時計が進んでいくのを眺めていた。
「先輩ってチョコもらったことあるのですか?」
「んがっ」
 バレンタインデーも残り僅か。なんとなく、聞いてみる。先輩は変な鳴き声を出して固まった。かわい。意味もなく虎縞の胸元をもふもふしてみる。
「やめろ」
 手を掴まれて引き剥がされた。
「だから中高とも男子校だったっつってんだろ」
「小学校とか。それに学校が全部じゃないでしょう」
「……ないわけじゃ、ないが」
「おかあさんはなしですよ」
「んぐぐ」
 図星だったらしい。 先輩はなにか言いたげに口を開いたまま固まった。かわい。その隙に肉球をぷにぷにする。
「やめれ」
 ぺちっと振り払われた。
「……ほら、あれだよ。俺は虎で、ガタイよかったからさ」
「はい」
「怖がられまくりで……そういうことなんだよ」
 先輩はそう言ったきりそっぽを向いてしまった。しっぽをつつと指でなぞる。
「男からは貰えなかったのですか?」
 返事のかわりに頭をこつんと殴られた。
「尻尾はやめろ。男が男からもらってどうすんだよ」
「此方は先輩のこと好みですよ?」
「知るか。俺はホモじゃねえって何度言えばわかんだよ」
 しっしっ、と片手で追い払われてしまう。照れているのが尻尾のぐねぐねでわかる。かわい。
 しばらくの沈黙。先輩はむっつりしたまま壁の時計を睨んでいる。客は来ない。
「先輩先輩」
「んだよ」
 そっけなくされて悲しいので、そっと血の通った逞しい背中に顔を埋めた。
「なんか口寂しいので先輩のちんぽしゃぶらせてください」
「俺のちんぽはお前のおやつじゃねえ!」
「ちゃんとイくまでご奉仕しますから」
「そういう問題じゃねえだろ!」
「けちー。どーてー」
「どどど童貞は関係ないだろ!」
 やや手加減抜きのボディブロー。蹲る。気にしすぎですよ先輩そんなんだから童貞臭ぷんぷんなんですよ先輩。
「……ひどいです先輩。謝罪とちんぽを要求します」
「あのな……お前、そういう要求から徐々にエスカレートさせてセックスに持ち込もうって魂胆が見え見えなんだよ」
「先輩は総いですね」
 溜め息をついて立ち上がる。そのままレジを出た。
「おっおい?」
 慌てる先輩を無視して、駄菓子コーナーへ。色とりどりのピースの中からひとつ、一際淡い色の包装紙を選びとった。
「店員さん、これください。おごりで」
 先輩は鼻に皺を寄せて、それでも言われた通りレジを打ってくれた。
「ありがとうございます、先輩」
 たったの10円、かわいいチョコ。包装紙を剥がして口に入れる。ありふれた甘ったるい味が口のなかに広がった。飲み込まずに、舌の上で丁寧に溶かす。
「先輩」
 先輩は身体が大きいから。肩に手をかけて、背伸びして、それでやっとキスできる。ちょんと軽く口先で触れて、その青い瞳を覗きこむ。おずおずと開かれた口の隙間に舌をそっと差し入れて、チョコと一緒に唾液を塗りつける。怯える舌をつついて、優しく擦ってやって、それで終わり。名残惜しいが、今はこれで満足としておこう。
「ッ……」
 先輩はうろたえながらも突き放そうとはしない。最後にちょんと鼻先に口づけを落として、此方は体を離した。
「これでもう聞かれても大丈夫ですね、先輩」
 先輩は耳まで赤くなったまま凍りついている。気持ちよくなってくれてたらいいな、と思いながら此方は大きく伸びをした。
 しばらくの沈黙。朝はまだ遠い。




アトガキ:
後輩の方は魔法の力、先輩の方は機械の力な変身ヒーローモノで一冊出す予定だった。そのキャラクター運用プロトタイプ。本は飽きたのでやめた。